対談① 産業ガスが秘める無限の可能性

国際大学大学院国際経営学研究科 教授
橘川 武郎 氏と取締役 兼 大陽日酸(株)代表取締役社長 永田 研二の写真

国際大学大学院国際経営学研究科 教授
橘川 武郎 氏

取締役 兼 大陽日酸(株)代表取締役社長
永田 研二

産業ガスは世界の産業の発展に大きく貢献しています。産業ガスの社会的意義を改めて見つめ直し、そして、これからの産業ガスビジネスが秘める可能性を紐解くため、 産業ガスビジネスに造詣の深い橘川 武郎氏と当社取締役の永田が語り合います。

経済発展に不可欠な産業ガス

橘川:私はこれまで、経営史を専門とする一方、30社ほどの会社史の執筆に関わってきたこともあり、2013年から2019年まで(株)三菱ケミカルホールディングスの社外取締役を 務めさせていただきました。産業ガスは言わば「インビジブル・インダストリー」、目に見えない産業です。製品が目に見えないというだけでなく、例えば産業ガス自体は化学や鉄鋼企業などにとって必要不可欠であるのに、産業ガスを売っている会社は非常に限られているためです。しかし、なくてはならない存在である。そこが産業ガスの面白いところで、今後は世界中で産業のガス化ということがキーワードになっていくと思います。

永田:産業の発展には、産業ガスが必ず必要になってきます。産業ガスは基本的に消費地立地です。例えば鉄や車は先進国でつくって運ぶことができますが、産業ガスは大量に輸送するにはガスを液化させる必要があるため、その管理と遠方への輸送は容易ではありません。産業ガスビジネスは、その地域に根ざして地域の経済活動に貢献していく必要があり、それが産業ガスメーカーの社会的な存在意義ではないかと思います。産業ガスはビジネスとしてのみならず、その国の経済発展に大変重要な役割と機能を持っているのだと感じています。

橘川:そのような背景も含め、ビジネス的に言うと産業ガスは安定性というところに特徴があるのではないかと思います。

永田:それに関しては、酸素の工業化に成功したというオリジナリティが非常に重要ではないかと思います。例えば自動車メーカーが大衆車をつくっても、後から大量生産やデザインは変化するものですが、産業ガスに関しては、産業ガスそのものは変化しない強さがあり、時代のニーズに合わせて用途を変化させて成長・拡大してきました。そこが産業ガスの持つポテンシャルで、橘川先生におっしゃっていただいた安定性にもつながるのではないかと思います。また、その国の産業構造に応じた製品の違いはありますが、日本でも、シンガポールでも、タイでも、グローバルでの供給形態などはほぼ変わりません。言葉と商慣習が違うものの、意外にグローバル化しやすい業界でもあると思っています。

橘川:2018年のPraxair, Inc.の欧州事業買収は、御社グループの米国法人Matheson Tri-Gas, Inc.の部隊が活躍されたということを聞いています。グローバル化しやすいとはいえ、それは1980年代から進めてきた米国進出の成果であり、世界のスーパーメジャーと戦える競争力があるということで選ばれたのだと思います。

SDGsの13番目の目標達成に、切り札となるHyCO事業

橘川:温暖化対策でもガスの使い方がポイントになってくると思うので、今後さらに産業ガス業界に注目が集まってくるのではないかと思います。私が一番期待しているのはHyCOの事業※1です。SDGsの13番目は気候変動に対して具体的な対策を取るという目標になっています。その切り札になるのは、経済産業省も提唱している、発電所や化学工場などから排出されたCO2を分離・貯留して利用するCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)です。HyCOの事業では水素と一酸化炭素という形で回収しますが、つまりそれがCCUSと同じく「炭素を資源化する」ということと通じています。 CO2ではなく水素と一酸化炭素で受け取るというHyCO事業が、人類を救う技術になっていく可能性が十分あるのではないかと思っています。

永田:おっしゃるとおりですね。HyCOについては、炭化水素資源を改質し水素と一酸化炭素に分離したものを利用します。水素は重質油を軽質油にしたり、不純物を除去したりすることに使われます。これらの石油製品を消費する際には、水素の添加により硫黄分がゼロもしくは大幅に低減されているため、それを燃料として消費する段階で環境負荷の低減につながります。ですから、HyCO事業では天然ガスなどを水素と一酸化炭素に分離する過程においてはCO2を排出することはありますが、HyCO事業でできた製品を付加することによって、消費過程では環境負荷は低減されます。また、HyCOのプロセスオプションの中には、隔離やCCUSのための高圧CO2回収が可能なものがあり、 CO2を低減した発電が可能であることもご指摘のとおりです。環境負荷低減という観点ではHyCOに関わらず、酸素と窒素などの製品すべてに言えるのではないかと私は思っています。酸素を燃焼技術に応用することによって燃料効率が上がるということは、エネルギー消費量が下がることを意味します。窒素の場合は、これは酸化防止による品質と生産性の向上が可能です。つまり、廃棄物の削減やエネルギー効率の向上につながっていると言えるのです。我々は酸素や窒素を販売しているのではなく、酸素や窒素が持つ効能、機能を売っているのです。その機能を売るためには、それにまつわるガス・ハンドリング技術や利用機器などの技術開発も進めていきます。それが産業ガス事業であると考えています。

橘川:さらにその先だと、おそらく水素は、本来は発電に使われないと水素社会は来ないと思うので、水素発電という受け皿ができるとHyCOはもう一段発展していく可能性があるのではないかと思います。2050年の実現に向けては十分にありえる展開だと思います。

永田:我々は、まだ水素ステーションの運営までは手がけていないのですが、定置式設備や移動式設備の開発、設置などに取り組んでいます。水素については、アンモニアについての燃焼技術などにも、水素キャリアを生かすという意味で着目していきたいと思っています。

橘川:日本の電力会社はどちらかというと、水素発電よりはアンモニアを使うという方向を選択しているのですが、その際に窒素が必要になるので、御社の出番になると思いますね。ガス回りのすべてのニーズに対応できるというのが、日本酸素ホールディングスの強みですから。

永田:日本の経済成長が非常に成熟化しているという状況の中で、今後は酸素、窒素、アルゴンなどの需要はなかなか右肩上がりには伸びないだろうと思っています。ですから、世の中の潮流であるSDGsやサステナビリティに着目した事業を進めていくということは、非常に重要であると思います。

※1 天然ガスから水蒸気改質装置(SMR)で分離される水素(H2)と一酸化炭素(CO)を石油精製・石油化学産業にパイプラインを通じて大規模供給する事業

さまざまな場面での可能性を秘める産業ガス

永田:例えば皆さんは産業ガスと接点があるようにはまったく思われていないのですが、さまざまな用途で注目されている3Dプリンターも、金属を造形する場合では、ガスコントロール技術である雰囲気制御というものが非常に重要になってきます。3Dプリンターを我々がつくるわけではありませんが、3Dプリンターメーカーと一体になって雰囲気をコントロールするというところで、日本での3Dプリンターの拡大に貢献していきたいと思っています。また、最近では養殖関係の分野でも活躍の場を広げています。空気ではなく高純度の酸素を水中に溶解することで、養殖環境の改善が期待できます。ノルウェーのサーモン養殖や、日本でのウナギ養殖など、相当量の酸素を供給しています。それから、食料や水の問題で最近注目されているものに、MAP(Modified Atmosphere Packaging:ガス置換包装)というものがあります。窒素と炭酸の混合ガスを封入し、食品の酸化を遅らせることでコンビニのカップサラダなどの賞味期限を延ばすことができるのです。

橘川:次亜塩素酸といった添加物を加えるのではなくて、安全な形で賞味期限を延ばすということですね。

永田:空気中に存在する窒素と炭酸ガスですから安全です。賞味期限を延ばすことで、フードロスをできるだけ減らしていくことが目的です。また、当社グループは冷凍技術の歴史も長いので、特に2020年は天候が悪かったため葉物が高騰し、野菜を生産地で冷凍保存してから出荷するケースが増加しました。生産地でのロスを減らすということにも、当社グループの技術が生かされています。今後はさらに食品分野で、産業ガスは貢献できるのではないかと思っています。

橘川:医療分野はどうですか。

永田:メディカル事業で注目されているのは安定同位体で、「Water-18O」というがんの診断薬の原料です。今はアルツハイマーも診断できるのです。我々のメディカル事業では、CO2も多く使用されています。例えば内視鏡手術では、炭酸ガスを入れてお腹を膨らませます。医療用炭酸によって腹腔手術は非常に楽になっています。ですから一般的に知られている呼吸器関係向けの酸素だけでなく、医療分野では多様なガスが使われているのです。たとえ災害時にあっても、これらの供給を止めることなく、安定的にガスを提供し続ける。そうすることで医療分野でも貢献していきたいですね。

橘川:農業、水産、医療などにもガス化の流れが来ているということなのですね。それは面白いです。これからの産業ガス業界というのは、我々の思いつかないようなガスの使われ方がさらに出てくると思います。まさに見えない産業というか、見えないポテンシャルのようなものを秘めています。ガスメジャーのグローバルプレイヤーたる日本酸素ホールディングスがここ日本に存在しているというのは、非常に幸せなことであると感じます。

永田:産業ガスが持つポテンシャル、可能性を最大限に発揮して、産業界の発展と社会課題の解決に貢献し続ければ、必然的に持続的な成長は果たせます。産業ガスの効能を、今後の社会的な課題や、産業界の発展に伴う新たな分野でも広げていきたいと思っています。そこを追求していくのが産業ガスメーカーである我々の使命と考えています。

橘川 武郎 氏

1951年、和歌山県旧椒村(現 有田市)生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。2030年の電源構成を議論する経済産業省の有識者会議で委員を務めた。国際大学大学院国際経営学研究科教授、東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授。

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