TCFD提言に基づく報告

日本酸素ホールディングスは、2019年11月にTCFD※への賛同を表明しました。当社グループは、これまで環境負荷低減や省エネルギー活動の推進、GHG排出量削減に貢献する製品の拡大に取り組んできましたが、TCFDの最終提言を踏まえ、これらの取り組みの充実化とともに、関連する情報開示を段階的に拡充し、グループ全体で企業価値向上に努めていきます。

※TCFDは2017年6月に最終報告書を公表し、企業などに対し、気候変動関連リスク及び機会に関するガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の項目について開示することを推奨しています。

ガバナンス

当社グループは、2021年11月に「サステナビリティ統括室」を設置し、気候変動に関する戦略やリスクの審議・策定をはじめ、サステナビリティに関わる活動全般について推進しています。また、当社グループはCSO(Chief Sustainability Officer)を敷いており、サステナビリティ統括室とともにグループ各社との緊密なコミュニケーションを取って連携を図っています。より強固な連携・情報共有を可能にするために、2023年7月より「サステナビリティ推進委員会」を発足し、2024年4月から各リージョンに地域CSOを配置しています。

戦略

マテリアリティとして特定した気候関連に関して、TCFDの提言に基づき「移行シナリオ」「物理的気候シナリオ」による機会・リスクの洗い出しを行いました。
当社にとって財務的に大きなインパクトを与えるマイナスの影響をリスクと捉え、プラスの影響を機会と捉えています。「移行シナリオ(2℃未満シナリオ)」、「物理的気候シナリオ(4℃シナリオ)」による短期(~2025年)・中期(2025~2030年)・長期(2030~2050年)の時間軸を考慮し、機会・リスクの洗い出しを行い、各リージョンでの主にガスビジネスにおけるこれらの機会・リスクに対して〔影響を受ける可能性〕×〔影響の大きさ〕の指標を基に評価を行いました。

「移行シナリオ」には、国際エネルギー機関(IEA)のSustainable Development Scenario(SDS)、「物理的気候シナリオ」には国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書(2014年発表)による地球温暖化シナリオ(RCP8.5)を参考にし、インパクト分析を行いました。

当社グループの機会・リスクを整理し、調達、操業、製品・サービスにおいて考えられるインパクトを分析、統合化した結果を下記に示します。

タイプ 気候変動リスク項目 評価 事業リスク 事業機会 当社の対応
移行 政策規制 カーボンプライシング制導入 <中長期>
>税負担の増加による収益減少
<中長期>
>早期対応の差別化による事業機会獲得
>PPAやグリーン電力証書による再生可能エネルギーの導入拡大
技術 低炭素な代替製品への置換・省エネの進展 <中長期>
>低炭素製品選別 による既存商材の 売上減少
<短中期>
>省エネによる利益幅増大
>低炭素化に資する既存製品の需要拡大
<中長期>
>低炭素化に寄与する環境貢献製商品の事業企画拡大
>環境貢献製商品の開発促進
>DX技術の導入などの生産性改善による省エネルギー化促進 (SAITEKI導入、配送最適化)
市場 市場ニーズの変化
顧客の事業活動の変化
<長期>
>既存顧客である鉄鋼・化学セクターのプロセス変更に伴う売上減少
>水電解プロセスの需要拡大に伴う副生O2ガスを活用した新規参入による売上減少
<中長期>
>ブルー/グリーンH2需要の拡大
>グリーン燃料の需要拡大
>CCUSに向けたCO2回収需要の拡大
>カーボンフリー(H2、NH3)燃焼技術の導入推進/拡大
>酸素燃焼の利用拡大
>CCUSに対応した中規模CO2回収需要の獲得
>HyCO事業によるH2供給事業の拡大
>環境貢献製商品の拡販
評判 業界批判 <中長期>
>GHG排出企業への投資家評価低下
<中長期>
>GHG削減貢献を示すことで安定した資金調達の継続
>統合報告書などによるGHG貢献の定量データの開示
>非財務情報の開示促進
物理 急性 災害の激甚化
台風頻発
豪雨・干ばつ
<中長期>
>異常気象に伴う災害による工場の操業停止
>支払保険料の増加
>災害対策の推進
>保険の活用
慢性 海面上昇
平均気温の上昇
<長期>
>気温上昇に伴う空気分裂装置のランニングコスト増による収益幅減少
<中長期>
>疾病治療に対する医療製品の需要拡大
>老朽化の進んだ空気分離装置のリプレースによるランニングコスト低減
>医療用酸素等の提供

評価の結果「大」/「中」と判定された機会・リスクである下記の4項目について、自社事業への財務的な影響について定量的試算を実施しました。

試算結果の詳細

①<リスク>カーボンプライシング導入:税負担の増加による収益減少
当社グループは、2050年カーボンニュートラルをめざすとともに、GHG排出量を、2019年3月期を基準年度として、2026年3月期18%、2031年3月期32%削減に取り組んでいます。当社グループの2031年3月期のGHG排出量(Scope1、2)は、約455万トンの見通しであり、IEA WEO2023のNZEシナリオを踏まえ、2030年度の炭素価格単価を約1.3~2万円/t-CO2e(90~140 US$/t-CO2e)と想定した場合、その炭素価格による当社グループの財務影響額は、年間594~925億円という試算となります。さらなるGHG削減に向けて、空気分離装置のリプレースやグリーン電力証書の購入、再生可能エネルギーの導入などを進めていきます。

②<リスク>顧客の事業活動の変化:既存顧客である鉄鋼・化学セクターのプロセス変更に伴う売上減少
当社グループ及び関連会社の高炉+転炉向け酸素の売上高は、当社グループ連結売上の5%程度(約600億円)と推計されます。IEA ETP2020のSDSシナリオにおける「製造方法別の製鉄量の見通し」を踏まえ、鉄鋼分野における酸素需要量の変動を考慮すると、当社グループ及び関連会社の2050年の高炉+転炉向け酸素の売上高は300億円(-300億円)という試算となります。鉄鋼分野において、今後、需要増が見込まれる電炉及び直接還元製鉄などにおいても酸素は利用されており、これらの需要獲得に取り組んでいきます。

③<リスク>災害の激甚化:異常気象に伴う災害による工場の操業停止
WRI(世界資源研究所)によるAqueduct Floodsのシミュレーションによる、当社グループの主要生産拠点130カ所について「4℃シナリオ・2050年」「100年に1度の洪水影響」の被害見通しを確認し、国内外17カ所について、0.1m以上の浸水被害が予想されました。国土交通省による「治水経済調査マニュアル(案)令和2年4月版」を踏まえ、浸水深に基づく「販売機会ロス(営業停止損失額)」及び「在庫・設備(償却資産)への損害影響」の算定式から拠点別の被害額を算定した結果、全拠点合計で、100年に1度の洪水1回あたり約360億円の被害が想定されました。一方で、既に加入している災害保険の適用を考慮すると被害は約180億円まで低減できる試算となります。4℃シナリオにおけるリスクとして認識している水害リスクについては、主要な生産拠点の浸水の可能性を重要リスクとして特定しました。災害対策の推進や災害保険の活用などの取り組みを引き続き進めていきます。

④<機会>市場ニーズの変化:ブルー/グリーンH2需要の拡大
IEA「Net Zero Emissions by 2050(2023update)」によると、ブルー水素/グリーン水素など低排出水素の需要は、主に2030年以降に拡大する見通しであり、2030年には70Mt-H2、2050年には420Mt-H2の需要が見込まれています。またIEAのNZEシナリオでは、ブルー水素・グリーン水素の水素製造コストがレンジで示されおり、ブルー・グリーン水素合算で、2030年には13~41兆円、2050年には60~218兆円の市場が想定されます。脱炭素社会への移行に伴う機会として、HyCO事業によるH2供給事業などの拡大を進めていきます。

リスクマネジメント

グループ全体でリスク管理体制を構築。気候関連リスクを特定・評価し、マネジメントしています。

気候関連リスクの特定・評価、マネジメントプロセス

リスクの特定・評価、マネジメントのプロセス
  • グローバル戦略検討会議
  • グローバルリスクマネジメント会議
  • 技術リスク連絡会議
  • 長期リスクの早期発見とその顕在化の防止、また顕在化したときに迅速な対応ができるよう、当社グループ各社でリスク管理体制を構築
  • リスクの重要度は、発生頻度×財務または戦略面への影響度により決定
  • 年1回開催のグローバル戦略検討会議(議長:CEO)により、事業に関する財務または戦略面での影響を決定
  • グローバル戦略検討会議で決定された事項は、当社と各事業会社間で開催する技術リスク連絡会議で具体的な対応策が決定され、グローバルに展開
  • 年1回開催のグローバルリスクマネジメント会議(議長:CEO)により、事業環境の変化の認識と企業価値の向上と毀損の両面からリスクの特定・評価を実施し、重要リスクを選定

指標と目標

中期経営計画において、リスクと機会を評価しマネジメントするために使用される指標と目標を設定し、進捗を評価していきます。また、気候変動への対応をさらに推進すべく、7つの産業横断的な指標の一つである内部炭素価格について、投資判断の際の指標の一つとして2024年4月より日本酸素ホールディングスで導入し、活用しています。

取り組み内容 開示内容
  • Scope1、Scope2、Scope3のGHG排出量を開示しています。
  • 中期経営計画での非財務KPIを開示しています。
  • Scope1、Scope2を対象に内部炭素価格(シャドウプライス)を導入しています。
    (2024年4月~)
  • 運用価格(NSHD統一):85 US$/t-CO2